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<<   作成日時 : 2011/09/17 13:23   >>

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本能寺の変は、光秀の謀叛の理由を追求することから始めると、捗々しい結果は得られないことは、高柳光壽の遺恨説以来百花繚乱の様を呈していることからで明らかである。
遺恨説の根拠にされる行事 そのものは実際にあったことであるが、そこで光秀に遺恨を持たせるような事件が起きたかどうかは定かではないし、あったとしてもそれによって光秀が本当に遺恨を持ったかどうかまでは証明できない。
また、これらを十把一絡げで退ける事実がある。それは、光秀が本能寺に信長を討つことには成功したが、戦略的には実にお粗末であり、例え秀吉の備中大返しがあれほど迅速かつ鮮やかに行われなくても、成功した可能性が少ないのは、自身の組下大名にすら日和見されていることからも明らかである。つまり、本能寺の変は、何処から見ても十分に練り上げられた計画などではなかったことが明白だからである。

そこで、数少ない事実がもたらす疑念を矛盾なく説明できる解釈があるかどうかを探求してみる。
八切止夫は早くから、歴史家の言及しない根本的な「疑問」を指摘している。
例えば、
(1)本能寺門前にあったとされる村井貞勝の城館を攻撃もしなければ、封鎖もしていないこと。
(2)光秀が内裏の警護隊を配置していないこと。
(3)本能寺襲撃と同時に、信長嫡男・信忠の妙覚寺を攻撃しなかったこと。
(4)信長が放火した火事を、一万三千もの大人数であった光秀が、水濠がありながら消火できず、信長の以外が一片も見つからなかったこと。
(5)老の坂にあったはずの細川家の関所を無きが如く通過している事。
(6)変の当日、筒井順慶は上京途上にあって、急を聞いて帰国しているが、丹後宮津の細川藤孝や摂津国の光秀組下衆には、上京しようとした事実がないこと。
(7)謀叛の元凶たる光秀が最前線の濠端で直接軍兵を指揮していないこと。などを挙げている。
ただし、矢切自身はこれらの回答を奇想天外な歴史小説に仕上げているにすぎない。

ところで、これら七つの疑問を一遍に説明できる仮説がないわけではない。
それは、光秀は信長自身に呼ばれて入京したと認めることである。また、光秀が実際に本能寺を攻囲し討ち入った兵力は喧伝されているような、一万三千もの大兵力などではなく、『明智軍記』が記す明智左馬助光春の三千五百餘というのが正しかった場合である。

しかし、このようであれば、二つの可能性が生まれる。
(1)謀叛は明智左馬助光春の独断専行であり、光秀は事実に引き摺られたて、取り返しが効かなくなった。
(2)光秀が、突然の天与の機会に魔が差して、拙速で遂行した場合。である。

私自身は、(2)「魔が差した」と考える。

第一の、光秀を京に呼んだのは信長自身であることを証明する史料には『多聞院日記』 がある。
さらに『日本王国記』 と『筒井家記』 がそれを裏付ける。
『多聞院日記』の記事 によれば、おそらく信長からの命令が筒井順慶に伝えられたのは六月一日午後という急なものであった可能性が高い。しかし、事前に出陣準備が完了していた事は確かであるから、直ちに出立することに支障はなかったものと思われる。ただし、光秀の場合を証明する一次史料はない。
史料としては弱いが、『信長公記』が”日向守逆心”で、「六月朔日、夜に入り、…亀山より中国へは三草越えを仕り侯ところを、引き返し、…老の山へ上り、山崎より摂津の国の地を出勢すべきの旨、諸卒に申し触れ、」と書く。態々”引き返し”た。と云うのだ。つまり、信長は光秀に京都集合を命じ。その使者が亀山の光秀の下に着いたのは六月一日であった。既に、光秀軍の第一陣は亀山を発って三草越えにかかろうとしていたが、これを急遽引き返させる伝令を立て、光秀自身は亀山城から京都へ向けて発ったわけである。
信長が、京に呼び集めたのは近畿管領ともいうべき光秀の直属軍と、大和国守護というべき一国支配を預けられた筒井順慶の軍勢であり、細川藤孝や摂津国衆などの光秀組衆については、『明智軍記』に「来月朔日・二日に郷里を立て、備中国へ馳下り、秀吉が指図に任す可きなり。」 とされていた当初計画を変更することはなかったものと思われる。
このようであれば、『信長公記』が「明智が者と見え申し侯と、言上侯へば、是非に及ばずと、上意候。」と記すのも宜なるかなである。

第二の本能寺を囲んだ兵力の推定であるが、まず『明智軍記』が「六月朔日、中国へ発向スル勢揃ト号シテ、申ノ刻ニ及テ、日向守ハ、能条畑ニ打出テ、水色ノ幡ヲ立、軍勢ノ手組有テ、三手ニ分ツ。」といい、軍勢を三部隊に分割しており、恐らく順次出発させている。そして、『信長公記』に「亀山より中国へは三草越えを仕り侯ところを、引き返し、」 とあるから、先陣は三草峠に懸らんかとしていたのだろう。

その三隊が如何なる経路を選択したかを考えると、やはり三部隊別に三路を分っただろうと考えられる。
敵の勢力下に無い地域では分進するのが合理的であるし、当時も常識だったからである。実際に、どの経路を選択したかは不明だが、先人の研究によれば、本隊は当然に丹波街道を老の坂を越えただろうが、他の二隊はそれより北の唐櫃越え や明智越えがあるという 。
これらは、当初から計画されていれば別だが、急遽決定されたことならば、北の道筋を採った部隊ほど、道も険しく道程も長く時間がかかる。即ち、丹波街道を行軍した光秀本隊以外は、多少早く出発したところで、夜間でもあることから、大幅な遅れが生じたことであろうと思われる。

従って、明智軍の全軍一万三千が同時に本能寺を囲むには、極めて多大の待ち時間が必要になる。
これは、信長のからの命令が突然来た場合には、事前に計画出来難いことになり、通常いわれる光秀の謀叛は、その場に至って思いつきで行われた可能性が高いことを意味することになる。
そこで『明智軍記』をみると、「二日ノ曙ニ、(私:先着した)明智左馬助光春ヲ武将トシテ、其勢三千五百余騎、(私:見咎められる前に直ちに、)本能寺ノ館(タチ)ヲ百重千重ニ取巻ケリ。又(私:遅れて到着した)明智治右衛門光忠ヲ頭ニテ、軍兵四千余騎、二条城・同妙覚寺ヲ取囲(カゴ)メリ。(私:最後に京中に到着した)総大将日向守光秀ハ、諸軍ノ命ヲ司(ツカサドツ)テ、二千余騎ヲ随へ、三条堀川ニ扣(ヒカ)ヘタリ。」と解釈するべきだと思われる。
つまり、実際に本能寺を囲んで之を襲撃したのは、明智左馬助光春の三千五百余騎でしかなかったのであり、総勢が一万程度にしかならないところを見ると、明智越えをした残りの三千は間に合いもしなかったものと思われる。

また、矢切止夫が指摘する細川藤孝の管轄下にあった大枝山(老の坂)の関所 を咎められることなく通過できた不思議も問題はなくなる。
それとも、光秀の謀叛は事前計画を、突然の信長による呼出によってやり易くなったと見做すべきなのだろうか。その場合には、三草越えに向かった部隊は陽動であったことになる。しかし、それ以外の多くの不手際は謀叛の計画性を疑わせる事を払拭するには至らない。信長が京へ呼んだのは軍団長の光秀と筒井順慶であり、両者とも国持大名である。目的は勿論「直ちに中国へ御発向なさるべきの間」であるから、細川藤孝や摂津の諸将は京に上らせるよりも直接秀吉の下に進向かわせた方がよかったのだろう。
これが、『信長公記』のいう「御陣用意仕り侯て」であるならば、この二つの軍が信長と信忠の直卒軍となり、その馬揃を見せるためでもあろう。一万三千もの軍勢が京都に入って来ても疑われず、本能寺の信長や、妙顕寺の信忠の下に注進されないで済むのは、その予定があったからに違いない。それならば、老の坂の細川家の関所もフリーパスである。信長自身が光秀を呼んだとしたならば、信長も、御小姓衆も格別警戒しなくても不思議はない。妙覚寺には信忠がおり、旗本二千余りは京中に分宿していたからである。また、信長が信忠を疑ったのも、付近にいる軍隊は信忠の旗本しかいないのだから、当然であろう。信長は、光秀の忠誠心を寸分も疑う事はなかったであろう。問題は、光秀が火縄に火を点けさせたことと、京の町に兵を入れたことだけである。
光秀軍が麾下の鉄炮隊に火縄に点火させた のは、『川角太閤記』 によれば桂川に達してからだという。だが実実際にそれをさせたのは、先陣の大将・明智左馬助光春である。すると、ここでもう一つ考えられる事が生じる。左馬助光春が独断専行した可能性である。それは、信忠の宿所・妙顕寺を同時に襲撃せず、二条城に籠城されている不手際があるうえ、本能寺の消火に失敗しているからである。つまり、明智軍のうちで本能寺襲撃に直接かかわったのは、多くても先行した光春軍の三千余程度でしかなく、後続部隊が妙顕寺を囲むのは遅れたと考えられるからである。

さて、こうして見ると、光秀が光春の独断専行に引きずられたのでない限り、光秀が謀叛を実行に移すことを決心したのは、先陣が桂川を渡る間際になってからだろう。
そうでなければ、戦術上の不手際の説明がつかないし、戦略的な面では余りにも楽観的な幸運に頼り切っている。組下大名も麾下おいて支配することさえ出来ていない。織田軍団=明智方面軍の寄騎制というものを熟知しており、卑近な例では、北陸戦線での秀吉の戦線離脱さえ見ているのに、成功したからと言って、味方を得られるとは限らないことは、承知していなければならないことだろう。

では、何が光秀に決心させたのか。何故、光秀は決心したのか。光秀はほんの九ヶ月ほど前に家中軍法を制定し、その後書で「既被召出瓦礫沈淪之輩、譲剰太御人数、被預下上者、未糺之法度、且武勇無功之族、且国家之費、頗似掠○公務」と公にしている。その彼が、謀叛を決心したとしたならば、二つしか理由は考えられない。

(1)「武勇無功之族、頗似掠○公務」というのだから、織田軍にとって最も重要な戦争の主役を務められないことであり、(2)光秀が根っからの陰謀家であれば、戦術上絶好の機会を前にして、その誘惑に負けたと言うことである。だが光秀には、信長のような前線指揮官としての才能があったとは思えない。

私は(1)だと思う。光秀は仕事中毒なのだ。織田家中にあって、誰にも負けない最先端の仕事を成し遂げて来たと自負していたのに、今回の後詰めで員数合わせに出陣すれば、毛利氏も降伏する事になり、最早明智軍団の働き場所は無くなってしまう。後は、人数だけの位押しで全てが片付く時代になるからである。

そして、豊臣時代は、将にそうなったのである。



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